舘野です。
第01回民俗芸能研究に挑む会の様子を報告します。
議論はトピックごとに整理してあります。
第01回 民俗芸能研究に挑む会
◆日時
2012年3月26日18時~20時
◆参加者
サベジ、舘野、西嶋(東京)、新美(愛知)、黛(大阪)、松井(兵庫)
◆今回のテキスト
橋本裕之「これは「民俗芸能」ではない」『民俗芸能研究という神話』、森話社、2006年5月
初出:小松和彦編『これは「民俗学」ではない』、福武書店、1989年8月
◆当日のレジュメ
◆論文の概要(舘野)
- 「民俗芸能」とは何か。
- 対象としての「民俗芸能」
- 「民俗芸能」の定義・文献目録・分類の検討。
- 「民俗芸能」研究において対象とされてこなかった芸能
- ストリップ、サーカス、見世物、大衆演劇、浪曲、河内音頭、女相撲……。
- 「民俗芸能」とは方法としてとらえられるべきである。
- 池田弥三郎 「民俗芸能とは、民俗学的考察の対象になる芸能である」
- 柳田国男 「目の前の豊富なる事実」を確実に記録する。
- 本来の意味での民俗学的思考を取り戻したときに、はじめて「民俗芸能」を認識/定立する視座を獲得できる。
◆議論
- フォークロリズムとパブリック・フォークロア
- 90年代にドイツ民俗学から流入したフォークロリズムと、2000年代にアメリカ民俗学から流入したパブリック・フォークロアを念頭において考えていきたい。(舘野)
- 民俗芸能研究の方法とは
- 「民俗芸能」を対象とした研究は社会学・人類学等でも可能だろう。民俗芸能研究固有の方法とはいかなるものか。(西嶋)
- 橋本が「民俗芸能研究」にこだわったのはなぜか。(黛)
- 芸能研究において、民族を超えたグローバルな比較は可能か。(サベジ)
- 「民俗芸能研究史」の問いなおし
- 橋本が小沢昭一に言及しなかったのはなぜか。民俗芸能研究者以外の言説を含めて研究史を検討する必要がある。(黛)
- 大杉栄の民衆芸術論争を民俗芸能研究史にひきつけてとらえることはできないか。(舘野)
- 限界芸術・大衆芸術・民族芸術として「民俗芸能」を扱った人々の存在。(西嶋)
- 「民俗芸能」と民族
- 民俗芸能研究が扱いうる民族の範囲は。アイヌ・沖縄、あるいはマタギ集団などは研究の範囲に含まれるのか。(サベジ)
- 本田安次は大陸との関連を念頭において、民俗芸能研究をしていたのではないか。研究者による認識の差異。(新美)
- 「民俗芸能」と地域社会
- 地域社会と芸能の関係性で「民俗芸能」をとらえられるのではないか。芸態・ジャンル等で「民俗芸能」と判断することはできない。(松井)
- 地元以外に出張する事例や、芸能の伝播という側面を考えると、必ずしも地域との関係性のみでは捉えられないのではないか。(西嶋)
- プロフェッショナルとアマチュアの問題。伊勢大神楽(黛)、旅芝居(舘野)は民俗芸能か。
- 今後扱いたい題材(西嶋)
- 『正しい民俗芸能研究』
- 『民俗芸術』
- 山路興造の著作
◆次回予告
橋本裕之「文化としての民俗芸能研究」『民俗芸能研究という神話』、森話社、2006年5月
担当:西嶋
次回は4月下旬ごろを予定しています。
民俗芸能研究者に限らず広く参加をお待ちしております。
0 件のコメント:
コメントを投稿